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200.会社が永続して発展し続ける条件とは?(その4)「大胆な目標」

2019/10/11

前回はビジョナリー・カンパニーの3つ目の特徴「基本理念を維持し、進歩を促す」について触れました。
第4回目の今回は、「社運を賭けた大胆な目標」について短くまとめてみます。

どの企業も目標は持っています。
しかし、単なる目標を持っていることと、思わず“ひるむ"ほど大きな課題に挑戦することの間には、明らかな違いがあります。そしてビジョナリー・カンパニーの共通点はこの「社運を賭けた大胆な目標」を掲げ、成し遂げてきた共通点があります。

代表的な事例としてボーイング社のケースが取り上げられています。

「1950年ころ、ボーイング社の主な実績は軍用機しかなかった。そんな中、技術陣は民間航空会社向けの大型ジェット機を設計するアイデアを持っていた。
以前も民間航空機の分野に参入しようとして失敗、今回もプレマーケティングの反応も悪く、ライバルのダグラス・エアクラフト社は今後もプロペラ機の時代が続くとみていた。さらには開発するにしても、過去3年分の資金をつぎ込まねばならなかった。
この状況下で、ボーイング社の経営陣は賭けに出た。民間航空機市場で大手になるという大胆な目標を掲げジェット機をつくり、この時の707がその後のジェット旅客機時代の幕開けとなった。そしてプロペラ機に固執したダグラス・エアクラフト社は、その後ボーイングに追いつく事は出来なかった…」

たまたま幸運だったから?
実は、ボーイング社は大胆な課題に次々に取り組んできた伝統がある事を知ると、一度だけの幸運とはとても言えないですね。

その他、
「1960年頃の業界6位の目立たない会社フィリップ・モリスが"タバコ業界のゼネラル・モーターズになる"という大胆な目標(世界で圧倒的な力を持つ企業になる)を掲げ、結果的に業界最大手のR・J・レイノルズを追い抜いた」
「1900年頃、ようやく始まった自動車市場のシェアを競う30社以上の企業の1つにしかすぎなかったフォードの"自動車を大衆の手に"という目標」
「1950年代後半、ほぼ無名の東京通信工業が、大金をかけてソニーと社名変更。今の名前では外国人にとって発音が難しく商売ができないとの理由。後年に森田会長曰く"自社は規模も小さく、国内市場の開拓も十分でない中で、海外市場を視野に入れなければ、井深氏や私が思い描いているような会社にする事は出来ないと感じていた。我々はどうしても、日本の製品は品質が悪いという外国での評判を変えたかった…」

ウォルトディズニーの長時間アニメ劇映画への取り組み、IBMの新コンピューター360開発への多額の投資etc…

「社運を賭けた大胆な目標は、
理性的に考えれば『とてもまともとは言えない』という意見になるが、その一方で、『それでもやってできない事はない』と意欲的な意見が出てくる灰色の領域に入るものである。そしてこのような社運をかけた大胆な目標は、明確で説得力があり、集団の力を結集するものになる。強いチーム意識を生み出し人々の意欲を引き出す。人々の心を動かす。具体的でわくわくさせられ焦点が絞られている。
ただし、もちろん大胆な目標を掲げる事だけで実現されるわけではなく、達成する決意が極めて固い必要性がある。
さらには、指導者が交代した後も目標は生き残る。つまり難しい課題に大胆に取り組む事が、組織の性格になり、経営者の世代が変わってもこの社風は変わらない…」

頭では、なるほど、と思う反面、このような取り組みの継続は、並大抵の努力では出来ない事は容易に察しがつきます。そしてその取り組み姿勢を企業文化にまで醸成した事が、ビジョナリー・カンパニーであり続ける所以なのでしょう。

自社にとって社運を賭けた大胆な目標とは何か?そのことを考え達成の決意をするにあたり、「それでもやって出来ない事はない」と反応する必要がありそうです。

次回はビジョナリー・カンパニーの5番目の特徴「カルトのような文化」について触れる予定です。