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124.百見は一行にしかず

2016/05/26

不思議なもんです。

半ばは義憤に駆られ、半ばは自分のそれまでの無知や利己精神を恥じ、
たまたま始めた無私の活動がとても大きな学びになっています。

昨日までの2日間、先の戦争の激戦区だった沖縄で、戦没者御遺骨収集活動を行ってきました。

百聞は一見にしかず
百見は一行にしかず

沖縄県南部糸満市の国吉地区。
8月15日の玉音放送を知らず、8月29日まで徹底抗戦した第32連隊。
その連隊が最後に立てこもった国吉神社が立つ小山のジャングルに20人強で入山。

蜘蛛の巣、蔓、大きな枝葉をかき分け、原生のままの滑りやすくしかも割れやすい珊瑚の崖をよじ登ったり降りたり。気温30度。

もうすでに掘られた壕の入り口には、当時の陶器、瓶、
そして靴の底の部分が集められ野ざらしに置かれている。

手つかずの壕や、掘り進められている壕に入りさらに掘り進める。

直射日光は当たらないのに汗が噴き出し、湿度の高さとバランスの悪い体勢での採掘作業、
どこに御骨があるかが分からない中の気が遠くなる時間が流れる。

時に出てくるのは
焼けて真っ黒になった布、銃弾、薬莢、爆弾の破片、薬瓶、ボタン…

そして
御骨なのか、木の根なのか、はたまた鐘乳石の破片なのか、
ヘッドライトと仲間の経験を頼りに御骨を見定めていく。

たった2時間掘り続けただけなのに、かなりの体力消耗で、
疲れた体と思考停止の脳は来た道を忘れさせるに容易で、ふと迷子になることの不安だけがよぎる。

なんとか人の通った跡のある道にたどり着き、下山。

平和財団さんに引き渡すべく
見つかった御遺骨・遺品を確認し、見たこともないはずの、
しかしながら映像や音や声までを含む当時の戦場と化したこの小山の情景が脳裏に浮かんでくる。

肉体的・精神的限界に追い込まれながら、
この地で戦い抜かれたご先祖様たちの苦しさ、恐怖、困難さはいかほどのものか?

絶望感?覚悟?使命感?

今の私はとにもかくにも
普通に暮らし仕事をし
生きさせて頂いてるだけで
つくづく幸せだと心の底から思いました。

百行は一省にしかず。

行動して振り返りそこから何を学ぶか?

感謝から生まれる「やる気」と
無報酬の活動を通して「無私の心」を養い
リーダーとしての「在り方」を探究する

私にとっては
そんな学びが手に入る幸せな活動でした。

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